Pascoがコオロギを原料に加えたパンをつくっている、と聞いたら驚くでしょうか。
Pascoは、食用として養殖されているヨーロッパ・イエコオロギを粉末にしたコオロギパウダーを練り込んだパンを販売するなど、未来の食として昆虫食の研究を進めています(*1)。
昆虫を調理して食べる昆虫食が今、見直されています。日本には古くから、バッタを調理したイナゴの佃煮などを食べる習慣があり、昆虫食はむしろ日本の伝統食ともいえます。
また、将来的な食糧危機が心配されるなか、昆虫を食べればその問題の解決につながるかもしれません。
農業の専門家や国も昆虫食を推奨したりポジティブにとらえたりしています。
食材としての昆虫の可能性を探っていきましょう。
*1:敷島製パン(Pasco)の未来食Labo(「Korogi Cafe」シリーズ専用の施設)にて一つひとつ丁寧に手作りしています。
「昆虫を食べるなんて気持ち悪い」と思っている人の誤解を解くために、日本人には昆虫食が身近な存在であったことを紹介します。
長野県は国内でも特に昆虫食に親しんでいた地域で、イナゴ、カイコ、ザザムシなどを食べてきました。群馬県も海を持たず海産物があまり出回らなかったので、山間部に昆虫をたくさん食べている地域があったそうです。(*2)
また、日本各地では、クロスズメバチの幼虫である「蜂(はち)の子」をご飯に混ぜたり甘露煮にして食べられてきました。
このように、日本が今ほど豊かではなかったころ、生産コストが高い家畜を食べて動物性タンパク質を摂ることが難しく、昆虫はその代替食のような存在でした。
昆虫食のメリットの1つに、簡単につくれることがあります。
例えばイナゴは、9、10月ごろの田んぼに現れるので簡単につかまえることができます。それを佃煮にするのも簡単です。
イナゴの佃煮のつくり方を紹介します。
まずはイナゴを50匹くらい捕まえます。
50匹というと大量にいるイメージがありますが、イナゴは1匹10gぐらいなので50匹でも500gです。また、足と羽は捨てるのでそれほどボリュームはありません。
イナゴに熱湯をたっぷりかけて消毒し、冷めたら足と羽を取ります。足と羽を取ったイナゴを水洗いして水を切っておきます。
イナゴをフライパンに入れ、弱火で5分ほど煎ります。
醤油、酒、砂糖でソースをつくります。分量はイナゴ500gに対し、醤油50ml、酒50ml、砂糖100g。
醤油、酒、砂糖を鍋に入れて煮立てます。
煮立ったら煎ったイナゴを入れて、汁気がなくなるまで煮詰めます。途中でみりん25mlを入れると味がまろやかになります。
汁気がなくなったら鍋の火を止めて塩を小さじ1杯ふりかけて混ぜて完成です。
スナック感覚でボリボリ食べることができますよ。
山口大学農学部(生物機能科学科)の教授で、昆虫食の機能性評価をしている井内良仁さんは、現代の日本人が昆虫を食べる意義について次のように述べています(*3)。
井内教授がどんな昆虫を食べているのか――いえ、どの昆虫の研究をしているのか気になりますよね。
井内教授は新聞社の取材に「セミ、コオロギ、ガの幼虫は栄養満点で、塩コショウで炒めてカレー粉を振ったら、酒のつまみになります」と答えています(*4)。
もちろん、井内教授の仕事は酒のつまみを開発することではなく、昆虫食の機能性評価です。食べ物としての昆虫がどのような機能を持っているのか。もっというと、昆虫を食べるとどのような健康増進効果が生まれるのかを調べています。
*4:昆虫食べて体重減「栄養満点です」 山口大の井内准教授、健康成分研究 | 中国新聞デジタル
井内教授は、ネズミに、肥満につながる高脂肪の食べ物と一緒にバッタとコオロギを与えてみました。しばらくするとネズミには、内臓脂肪や血中の中性脂肪を抑える効果がみられました。
これは、もしかしたら生活習慣病予防につながるかもしれない、と期待させますね。
また、ある虫を粉末にしてある成分を抽出したところ、抗酸化作用が野菜や果物より高いことがわかりました。抗酸化作用とは、酸化を抑える作用のことです。
酸化は肌を老化させたり病気の原因になったりするので、もしかしたらこの虫の成分は美肌効果を持っているのかもしれません。
これだけでもワクワクする内容ですが、井内教授はもっとすごいことをやっています。
「昆虫食が人間によい効果をもたらすはずがない」と言われたことで奮起した井内教授は、1カ月半でコオロギ1,300匹、カイコのさなぎ100匹など計1.3kgの昆虫を食べました。その結果、4kg減のダイエットに成功しました。
研究用の昆虫が激減したのでこの実験は中断せざるを得なかったのですが、昆虫食をやめたら体重がリバウンドしたそうです。
昆虫は家畜の代わりなどではなく、これ自体に価値がある食材なのかもしれません。
国立研究開発法人科学技術振興機構は「昆虫学園」という昆虫食に関するキャンペーンを行いました(*5)。
ここでは昆虫食のスペシャリストが登場しています。
中小企業庁登録の専門家、田中寛人さんは昆虫食や薬草の普及に力を入れています。
「株式会社昆虫食のentomo」代表取締役の松井崇さんは、「代替タンパク質の現状と社会実装へ向けた取り組み」というテーマで研究していて、「いもむしゴロゴロカレー」を開発しています。
松井さんは昆虫食のことを、古代から来た未来食と呼んでいます。先ほど紹介したとおり、日本では昆虫食は伝統的な食事でした。しかし今は、食糧問題解決切り札になりうる食事として注目されていてまさに未来食です。
東大阪大学短期大学部(実践食物学科)教授の松井欣也さんは給食管理や障害者の栄養管理をする一方で、昆虫食も研究しています。「災害時こそ昆虫食」「食用昆虫の味と香り」という興味深いタイトルの本も出版しています。
国の機関に食の専門家が集結して、極めてまじめに昆虫食の普及を検討しています。
*5:昆虫食学園 ビジョン2021開校!~虫を食べる4人の先生~ | サイエンスアゴラ2021 / ㈱昆虫食のentomoのSDGs宣言|昆虫食のentomo
イナゴもコオロギもハチも、人が飼育しなくても自然発生的に増えます。
動物性タンパク質として生産されている牛、豚、鶏は、その世話に膨大な手間とコストと時間がかかります。これと比べると、昆虫の食材としてのポテンシャルはとても大きいといえそうです。
しかし今のところ、スーパーマーケットやコンビニにずらりと昆虫食が並んでいる、という状況にはなっていません。
なぜ昆虫食はなかなか普及しないのでしょうか。
そして未来食のポテンシャルを持つ昆虫食が普及して世界の食糧問題を解決するようになるには、何をしなければならないのでしょうか。
世界では今、8億2,000万もの人が慢性的な栄養不足に陥っています。世界人口は増え続けていて、2050年の食料需要量(人々が必要とする食料の量)は2010年の1.7倍になるとみられています(*6)。
この食糧問題は、単純に食べ物の生産量を増やせば解決するというものではありません。なぜなら今でも、もし世界中の食べ物を全人類に均等にわけたら、誰も飢えないだけの量が存在しているからです(*7)。
特定の国や地域に食料が行き渡らないのは、紛争が起きたり経済がうまくいかなかったりしているからです。
しかし昆虫の育成は家畜ほど手間がかからないので、昆虫食が普及すれば地産地消が可能になり食糧問題の解決に貢献するはずです。
*6:「食料不足」と「食品ロス」 〜今、世界と日本の食料問題を考える〜 | Science Portal - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」
*7: 2050年における世界の食料需給見通し|令和元年9月 農林水産省大臣官房政策課食料安全保障室
昆虫食の普及が進まない理由はいくつかありますが、ここでは嫌悪感、安全性、生態系の3つを紹介します(*8)。
昆虫は日本でも伝統的に食べられてきましたが、現代の日本ではあまり馴染みがない食品という方の方が多くなっているかと思います。そのため嫌悪感を抱く方もいらっしゃると思いますが、これは人の感情なのでいかんともしがたいところがあります。
安全性の問題では、アレルギーを引き起こす成分や毒、残留農薬が含まれていないか、もっと詳しく調べる必要があります。
井内教授が大学の研究室で昆虫食を研究しているのは、機能があって安全であることを証明しなければならないからです。
そして生態系の問題とは、例えばある昆虫が爆発的にヒットしたら、乱獲されて数が減ってしまうかもしれません。
もしくは、昆虫の養殖を始めたところ、養殖場から逃げ出して近隣の自然界の生態系を狂わせてしまうかもしれません。
家畜の牛や豚や鶏が畜舎から逃げ出して野生化して大問題になったという話はほとんど聞いたことがないと思いますが、昆虫養殖場でもそれと同じくらいの厳重な隔離が必要になるでしょう。
Pascoが昆虫食の普及に取り組んでいるのは、食糧問題や環境問題の解決に寄与すると考えたからです。
そうとはいえ新しい食べ物なので、信頼できる原材料を選ぶ必要があります。Pascoが使っている食用コオロギパウダーは、高崎経済大学発のベンチャー企業が開発したもので、タイの食品製造管理基準の認証を受けた衛生的な農場で養殖した食用のヨーロッパ・イエコオロギを使用しています。
また、Pascoの「コオロギのクロワッサン」や「コオロギのバウムクーヘン」は現在、数量限定で販売しています。それは、昆虫食の価値を理解していただいたうえで普及させたいと思っているからです。慎重に、そして確実に進めていきます。