石窯で焼いたパンがおいしいヒミツ

パンの豆知識

「石窯で焼いたパンはおいしい」と聞いたことはないでしょうか。もしくは、「やっぱり石窯で焼いたパンは違う」と感じている人もいるのではないでしょうか。

石窯とは岩石やレンガ、磁器、コンクリートなどでつくった空間で食材を焼くオーブンのことです。
電気やガスを熱源にする石窯もありますが、この記事では薪(まき)を熱源に使う石窯について説明します。

石窯で焼いたパンがおいしいのは本当です。「本当」というのは科学的に証明されている、という意味です。つまり、石窯で焼いたパンがおいしいのには、確たる理由があります。

ただ、石窯で焼けば必ずパンがおいしくなるのかというとそうではありません。
石窯でおいしくパンを焼くには、知識と技術が必要です。石窯の特徴を理解し、温度調整など石窯の特性を最大限に生かす技術を兼ね備えているパン職人が使ってはじめて、おいしいパンが焼けるのです。パンと焼く方法の関係は意外に複雑です。

石窯で焼いたパンがおいしいヒミツ

石窯とは

世界で最も古い石窯は、イタリアのポンペイ遺跡でみつかった1,900年前のものとされています。
現代の石窯には、球体を半分に切ったドーム型のものがありますが、ポンペイ遺跡の石窯もドーム型だったようです。

なぜドーム型がよいのか

石窯がドーム型になっているのは理にかなっています。石窯は、遠赤外線が生む輻射熱(ふくしゃねつ)という熱で食材を焼くのですが、熱源が球体のなかにあると空間のなかの熱が均一になります。空間のなかの熱が均一になると、食材をどこに置いても均等に焼くことができるので味が安定しおいしくなります。
1,900年前の知恵が現代でも通用するのはすごいことだと思いませんか。

直火で焼くのではなく、遠赤外線(輻射熱)で焼く

石窯とは

石窯の熱源は薪ですが、これで食材を焼くわけではありません。薪は石窯の壁を暖めるために使います。
石窯の壁が十分に熱せられたら、薪を取り除いてから食材をなかに入れて、壁の熱だけで焼きます。

ただ、長時間連続して焼く場合は薪を石窯のなかに残すことがありますが、これも薪で焼いているのではなく、石窯の壁を冷まさないようにしているのです。

したがって石窯は、壁に残った余熱で食材を焼いているわけですが、ここに秘密があります。
石窯の壁に使われている岩石やレンガ、磁器、コンクリートなどは、熱せられると効率よく電磁波をつくります。
そして石窯の壁は、電磁波のなかでも暖め効果が特に高い遠赤外線を生みます。遠赤外線は物質(食材)の分子を激しく動かすので、物質が熱を持つようになり「焼かれる」状態になるのです。
遠赤外線によって生じる熱が輻射熱です。

なぜ石窯がパンを焼くのに適しているのか

なぜ石窯で焼いたパンはおいしいのか。その答えは、輻射熱で焼いているから、です。

外側パリッ、内側しっとりを実現するから

十分に熱せられた石窯のなかにパン生地を入れると、輻射熱はまず、パン生地の表面を焼きます。これにより、パン生地が殻(から)に包まれた状態になるので、パン生地のなかの水分が蒸発しにくくなります。

そして輻射熱をつくる遠赤外線はパン生地のなかに入っていくので、なかもしっかり焼くことができます。ただ「なかを焼く」といっても水分が十分含まれているのでしっとり焼かれることになります。

パンが、外側が硬くなっているのに内側が柔らかいのは遠赤外線や輻射熱のおかげといえます。

400度以上にもなるから

石窯のなかの温度は400度以上になることもあります。――というより、400度以上にすることができます。400度といった高温がパンをおいしくします。
家庭用のオーブンの庫内は一般的に200度くらいしか上がらないので、石窯の400度は圧倒的な温度といえます。

この高温があるから、石窯はパン生地の表面をカリっと焼いて、なかの水分を逃がさない理想の焼き方ができるわけです。

この高度な調理ができるのは輻射熱だからです。
例えば、400度に熱した鉄をパン生地に当てたら一瞬で焦げてしまいます。しかし輻射熱なら400度でもパン生地の表面をカリっとさせるだけです。この違いが生まれるのは、鉄と空気の熱伝導率が異なるからです。

焼けた薪が香ばしさを生むから

焼けた薪が香ばしさを生むから

石窯が十分暖まったら、なかの薪は取り除きますが、薪が焼けたときにつくった香りは石窯のなかに残ります。
これがパンに独特の香ばしさをつけます。

石窯に使う薪は、木ならなんでもよいわけではなく、こだわりのあるパン屋さんなら、強く燃えるのに持久性が高く、なおかつ火をつけたときに煙をあまり出さないナラを使っているかもしれません。
薪が煙を多く出しすぎると、香ばしさをとおり越して苦味やまずさになってしまいます。

薪に使う木にまで気を配ることで、石窯で焼くパンはより一層おいしくなります。

石窯がパンを焼くのに適さないことがある理由

石窯はパンを焼くのに適した調理器具といえます。何しろ1,900年の歴史と伝統があるオーブンなので、それは当然のことでしょう。
しかし、石窯が、パンを焼くのに適さないことがあります。
どういうことかというと、電気やガスをエネルギーにするオーブンで焼いたパンのほうが、石窯で焼いたパンよりおいしくなることがあるのです。

そのため今では、石窯はほとんど廃れ、電気・ガスオーブンが主流になっています。そして多くの人が、電気・ガスオーブンで焼かれたパンを「おいしい!」と絶賛しています。

ではなぜ、石窯が電気・ガスオーブンに負けてしまうことがあるのでしょうか。

石窯は温度調整が難しい

石窯の最大の欠点は温度調整が難しいことです。
石窯内の温度は薪の量、燃やした薪で暖める時間、外気温などによって変わってきます。しかしパンをおいしく焼くための温度設定はほぼ一定です。
つまり石窯でパンを焼くには、薪の量、燃やした薪で暖める時間、外気温を考慮して、温度を一定に保つ必要があるわけです。これには熟練の技が必要になります。

そして庫内の温度をコントロールできないと、焼きすぎや生焼けが生じ、おいしくないパンどころか、まずいパンや食べられないパンになってしまいます。

電気・ガスオーブンの性能が向上した

電気・ガスオーブンの性能が向上した

石窯にはあまり進化の余地がありませんが、電気・ガスオーブンの性能は飛躍的に向上しています。
家庭用のオーブンは200度くらいまでしか上がりませんが、業務用の電気・ガスオーブンなら石窯並みの400度まで簡単に上げることができます。これによって石窯の温度に関するアドバンテージは消えてしまいます。

そして進化した電気・ガスオーブンは、温度センサーやファンなどを装備しているので庫内の温度を簡単に一定に保つことができます。
石窯を取り扱うスキルが高くない人なら、石窯で焼くより電気・ガスオーブンで焼いたほうがおいしいパンができるはずです。

ドーム型のアドバンテージがなくなった

先ほど、石窯のよさはドーム型の形にあり、これによって庫内の熱が一定になると紹介しました。
しかし温度センサーを備えた電気・ガスオーブンなら、温度センサーが検知した温度情報を使って温度を調整できるので、庫内の形が四角でも温度を一定にすることができます。
石窯は、ドーム型によるアドバンテージも消えてしまいます。電気・ガスオーブンでも遠赤外線や輻射熱を出すものがあります。
そうなると、石窯のドーム型は無駄なスペースを生むので、むしろ不利になります。

石窯は取り扱いが大変:パンづくりに集中できない

石窯は壁に熱を蓄えてなかの食材を焼くので、その壁はかなり厚くする必要があります。しかもその材質は岩石やレンガ、磁器、コンクリートと重量があります。
したがって石窯は大きくて重たくなって、設置や取り扱いが大変になります。

しかも燃料は薪なので、薪を常備したり、薪を燃やしたり、燃えカスを処理したりしなければなりません。煤(すす)も発生するので、煙突や換気設備も必要になります。

これだけ準備や操作が必要になると、パンづくりに集中できなくなるでしょう。
それではおいしいパンをつくることができません。

まとめ~特別なパンと考えてみてはいかがでしょうか

まとめ~特別なパンと考えてみてはいかがでしょうか

石窯で焼くととてもおいしいパンができるのに、それでも石窯が廃れてしまったのは、不便で欠点が多いことと、電気・ガスオーブンの性能が格段に上がったからです。
電気・ガスオーブンを使って簡単に安全に低コストでおいしいパンがつくれるのであれば無理して石窯を使う必要はない、と考えるのはとても合理的です。

しかし石窯には、現代科学では分析できない「何か」があります。その「何か」でしか出せない味があるので、石窯でパンを焼き続けているパン屋さんがあり、そのパンのファンがいるのです。
貴重さも含めて、石窯でつくるパンは特別なパンといってよいでしょう。